「カスタマー・サクセス」の最新動向 — イベントレポート Pulse 2016@米オークランド

経営・ビジネスハック

先日、アメリカに出張して、Pulse 2016というカンファレンスに出席してきた。Pulseは、CS(カスタマー・サクセス)に関する世界最大規模の会議だ。今回のカンファレンスは、2016年5月10日から12日までの日程で、アメリカ西海岸のオークランドにて開催された。参加者は3,200人超、シリコンバレーのみならず、世界各国から多くの人が集まり(図1)、CSのあり方について活発な議論が交わされた。

本稿では、Pulse 2016に参加して得られたCSの最新情報をご紹介したい。

【図1:Pulse 2016 参加者の分布図】
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1 CSとは?

まずは、「CSとは何か」という点から、話をはじめよう。

CSとは、Customer Success(カスタマー・サクセス)の略語だ。CSを一言で説明するのは難しいが、ざっくりといえば、ソフトウェアの利用者がその目的を達することができるように、適時適切なサポートを提供することによって、そのソフトウェアを継続して利用してもらおうとする取り組みのことだ。

従来のソフトウェア販売は、ソフトウェアをパッケージ商品として販売する形のものが多かった。売ったらおしまい、それが従来のソフトウェア取引だった。ところが最近は、必要な機能を必要な期間だけ購入し、インターネット経由で利用するという形のソフトウェア取引が増加している。このようなソフトウェアを、SaaS(サース、Software as a Service)という。SaaSの場合、定期的に顧客の使用状況等をモニタリングし、フォローアップを行い、そして契約を更新してもらうことが肝要となる。このため、CSが非常に重要になってくる。

従来のカスタマーサポートは、いわゆる「クレーム受付」で、顧客からクレームがあったときにそれに対応するという受け身のものだった。
これに対してCSの場合、顧客がソフトウェアを十分に活用できるよう、顧客に対してより積極的なアプローチを行うことになる。
たとえば、契約更新が近づいたら、顧客がソフトウェアをきちんと活用できているかチェックし、問題がありそうであればこちらから顧客にコンタクトをとって、ソフトウェア導入の目的が達せられるよう、顧客をサポートする。

顧客を成功に導くことにより、契約を継続してもらうのが、CSだ。

ちなみに、カスタマーサポートの目標はトラブル解決による顧客の満足度向上だが、CSの目標は少し違う。CSのSは、サクセスのSであって、サティスファクションのSでも、サポートのSでもない。CSで目標とすべきは、「顧客の成功」なのだ。

CSのメリットとしてまず挙げられるのは、解約防止による利益の確保だ。ソフトウェア事業は、1年目のセールス・マーケティングコストが非常に高い点に特徴がある(図2)。このため、一般的には2年目からの黒字化を目指すことになるわけだが、2年目に更新をしない顧客が続出すれば、収支は悪化する。逆に高い更新率を確保できれば、その後の収支は安定するわけである。

CSのメリットはこれだけではない。製品の「ファン」になった顧客が、他の顧客を紹介してくれる可能性もある。SNSなどを通して口コミで製品が広がる可能性もある。顧客の担当者が転職し、新規勤務先で同じソフトウェアを導入してくれるというケースもある。顧客から製品のフィードバックをもらうことによって、改良を施し、より良い製品を提供することもできるだろう。

このように、ソフトウェアが製品として成功するかどうかは、CSのあり方にかかっているといっても過言ではないだろう。 

【図2:100ドルの収益に必要となる経費 1年目と2年目の比較】
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2 なぜ今、CSなのか?

Pulseは2013年から毎年開催されているが、その参加者は、この3年の間に、約10倍に増加している(図3)。

【図3:Pulse参加者数の推移】
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CSが近年大きな注目を集めているのには、2つの理由がある。

1つ目の理由としてあげられるのは、ソフトウェアが既存産業に与える影響が年々大きくなってきているという点だ。

Netscapeの創業者であるMarc Andreessenが、ウォールストリート・ジャーナルに、”Why Software Is Eating the World”(どうしてソフトウェアが世界を侵食しているのか) と題するエッセイを寄稿し、話題を呼んだのは、2011年のことだった。
このなかでAndreessenは、映画から国防まで、さまざまな産業がソフトウェアに依拠するようになり、その結果として、次の10年の間に多くの既存産業がソフトウェアによって崩壊させられるのではないかと書いた。それから5年が経ち、まさに今、Andreessenが予告したような状況が現実に起きはじめている。

たとえばAirbnb。インターネットを利用した民泊サービスの台頭が既存のホテル業界に与えた衝撃は大きく、今後の動向に注目が集まっている。Andreessenが書いたように、近い将来、主要産業の多くがソフトウェア企業に支配される日が到来するかもしれない。

もう1つ、CSが昨今注目をあつめている理由としてあげられるのは、IoTの発達だ。IoTは、Internet of Thingsの略称で、機械や乗り物、建物などのありとあらゆる物をインターネットで相互に接続して情報をやりとりする仕組みのことをいう。

IoTによって「物」がどんどん賢くなってくると、ただ単に「物」を作っただけでは、売れなくなってしまう。
メーカーは、賢い「物」を作らなければならないわけで、「物」に付加価値のあるサービスをつけて販売することになる。
このため、多くのメーカーが、「ハード」から「ソフト」へとシフトチェンジをはじめている。分かりやすい例として挙げられるのは、米GE社が推進している「デジタル発電所」だ。これは、発電所内の各種機器をネットで接続して膨大なデータを一元管理することにより、不具合の早期発見や発電の効率性向上を実現するというものだ。GEは、発電所以外の製品についても、単に機器を売るのではなく、サービス(ソフトウェア)とセットで販売するという戦略を推進している。
GEのようなアメリカを代表する重厚長大型のメーカーも、ハードからソフトへのシフト転換を進めようとしているわけである。

3 CSは具体的になにをやるのか?

それでは、CSとは実際にはどのようなことをやるものなのか、実例をあげながら、紹介していきたい。

下記の図4は、CSの全体像をスケールにて示したものである。この図では、CSを、5つの段階に分けて整理している。ひとつひとつ見てみよう。

①Pre-sale(販売前)

販売前の段階、いわば契約締結交渉の段階では、契約締結のためのサポート、サービス範囲の確定、SOW(Statement Of Work:作業仕様書)の作成などがなされる。いずれもシステム構築の業務委託契約を締結する場合には通常行われているものであるから、この段階については、特筆すべきものはないように思う。

②Implement(導入)

契約が成立し、ソフトウェアの導入をすることになった段階では、環境設定や、実稼働に向けたサポートなどを実施する。ここで重要なのは、顧客とともにSuccess Planを策定することだろう。
顧客がソフトウェア導入によって実現を目指す目標について、具体的な目標値(例:コスト●%減)を定め、そこに到達するためのシナリオを考える。Success Planを明確にすることは、その後のモニタリングに大いに役立つ。

③Optimize(活用)

導入完了後のソフトウェア活用段階で重要なのは、顧客の使用状況のチェックだろう。使用時間や使用頻度などを、ログを利用してモニタリングするとともに、ソフトウェア導入時に策定したSuccess Planの達成状況についても、定期的なチェックを実施する。一定の数値を下回った場合にはアラートが出るようなシステムを組んでおくと便利だ。

また、特に重要なのは、更新が近づいた時期におけるリスク対応だ。この時期になったら特に念入りにモニタリングをする必要があるだろう。

④Training(トレーニング)

顧客がきちんとソフトウェアを活用できるよう、顧客の従業員などを対象とした講習を実施することも有効だ。

⑤Support(サポート)

不具合などが生じた場合のテクニカルサポートも必要だ。これは従来のカスタマーサポートに該当するものといえる。

【図4:どのようにCSチームを構築するか】
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次に、具体例として、クラウドサービスで著名な米BOX社の取り組みを紹介したい。

下記図5は、BOXのCSマネジメントシステムの画面だ。顧客名、契約金額、更新日など、CSに関連する情報がひとつの画面に集約されている。
そして、顧客に一定のリスクが発生した場合、フラッグが立つようになっている。リスクについては、発生日、その内容、重要度(色で表示される)、解決日などが一覧できるようになっている。

【図5:BOX社 CSマネジメントシステム画面】
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重要なのはリスクの発生を早期にキャッチすることである。ただ、リスクは、分かりやすい形で現れるとは限らない。むしろリスクが分かりやすい形で現れたときには、すでに打つ手なしという状況のことが多いだろう。このため、BOX社の場合、「ソフトウェアの使用時間が短い」「連絡をしても返信がない」「経営者変更」などの事象も、リスクとして把握し、対応している(図6参照)。
ちなみに担当者レベルで「連絡しても返信がない」場合には、CEOなどのエグゼクティブから顧客の経営陣にコンタクトをとってもらうこともあるそうだ。

【図6:BOX社 リスクをいかに感知するか】
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さらにBOX社の場合、CTA(Call to Action)というシステムがあり、リスクが発生したときにはCS担当者にアラートが通知される仕組みとなっている(図7)。CS担当者が見るイントラページでは、発生したリスクが一覧表示されるとともに、リスクの内容に応じて、To Do事項が表示されるようになっている。To Do事項にはチェックボックスがついており、CS担当者がTo Do事項をどこまでこなしたかも、一目瞭然に分かるようになっている。

【図7:BOX社:CS担当者向けリスクインディケーター】
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4 CSを成功させるための4つのポイント

ここまでのところで、CSというものがどのようなことをするものなのか、だいたいのイメージはつかめたのではないだろうか。

最後に、CSを成功させるには、どのような点に注意が必要か、ポイントを4つ、紹介したいと思う。

(1)Successをしっかり定義する

まず大切なのは、何がその顧客にとってのSuccessなのか、しっかり定義することだ。たとえば、コスト削減を目的としてソフトウェアを導入したのだとしたら、顧客が目標としていた削減率はどの程度なのかをSuccess Plan策定の段階で明確にしておいて、現在の達成率と比較する。ここでのポイントは、Successを、定性的なものにとどまらず、定量的に把握することだ。

(2)リスクを細分化して把握する

リスクを細分化して把握することも必要だ。前述のとおり、リスクはさまざまな形で現れる。

もっとも分かりやすいのは「解約の通知」だが、「ソフトウェアの使用時間が短い」「連絡をしても返信がない」「経営者変更」など、外からは分かりにくい形をとることもある。

また、リスクのなかには、コントロール可能なものと、コントロール不可能なものがある。
たとえば「ソフトウェアの使用時間が短い」のは、そのソフトウェアをうまく使いこなせていないことに起因する可能性が高いので、適切なサポートを提供することにより、解決することができる。
一方、顧客の倒産だとか、経営者の変更などは、こちらでなにかアクションを起こして解決できるようなリスクではない。

さまざまなリスクがあることを前提に、それを細分化して的確に把握することが必要だといえる。

(3)Playbook(マニュアル)を作成する

リスクが発生したとき、誰がどのようなステップで何をすべか。社内でマニュアルを作成し、担当者によって対応にばらつきがでないようにすることが必要だ。もちろんマニュアルどおりに進まないこともあるだろうが、担当者にベストプラクティスを示すという意味でも、マニュアルは大切だ。上記(2)で細分化し把握したリスクごとに、ステップ形式で対応手順を示すとよいだろう。

【図8:BOX社 Playbookの例】
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(4)人材要件に着目する

CSの「肝」は、顧客との円滑なコミュニケーションにある。システムはフラッグを立ててアラートを発してくれるが、その後顧客とコミュニケ―ションを取り、解決のための道筋をつけるのはCS担当者の仕事だ。単なるクレーム処理係ではなく、営業担当者でもあることに留意して、CS担当者を選任したい。

なお、法曹向けのSaaSサービスを展開している米Zapproved社の場合、CS担当者には、図9に示された5つの素養
①相手の立場で考えられる高いEQ
②落ち着き
③知性
④大胆不敵さ
⑤顧客優先
が必要との考えのもとで、人選をしているとのことだった(図9)。④の「大胆不敵さ」というのは少し分かりにくいかもしれない。CS担当者は、時には顧客の代弁者として、自分の上司や社内の他部署に対して、意見を言わなければならない。よって、他人の顔色ばかりをうかがうような人物は向いていないということだ。

【図9:CS担当者に必要な5つの素養】
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参考: