本当に大切なモノとの向き合い方 ~クラウド時代における「所有権」と「使用権」~

EC(Eコマース)
Huluというサービスをご存じだろうか?
月額980円でハリウッド映画や人気海外ドラマなどが「見放題」という定額制動画配信サービスである。
映画好きの筆者はこのサービスの日本上陸当時からのファンなのだが、近年このようなストリーミングによるデジタルコンテンツの「見放題」「聴き放題」といったサービスが日本でも随分と浸透してきたように思う。 音楽、映画、ときて、今その流れはいまや書籍にまでやってきている。
好きな映画や音楽、そして本を、いつでも自分の好きな時に。 あたかも、あなたの部屋のCDラックや本棚に手を伸ばすかのような気軽さで。。
一見洗練された「クールな」ライフスタイルのように見える。
しかし、あなたの部屋の本棚に集めた書籍のコレクションが見ず知らずの第三者によって勝手に弄られたら..?
昨晩、眠りに落ちるまで読んでいたお気に入りの小説が、朝起きたら跡形も無く消えてしまっていたとしたら…?
消費スタイルの変化~「所有する」から「使用する」へ~
最近頻繁に耳にするようになった言葉の一つに「シェア」というものがある。 市場占有率を意味する「シェア」ではなく、文字通り「共有する」という意においての「シェア」だ。
カーシェアリングにシェアオフィス、「ソーシャルアパートメント」という新しいアイデンティティを与えられたいわゆるシェアハウスに至っては、周辺エリアの単身者向け物件の平均賃料よりも高いのでは?と思うような物件が瞬く間に満室になってしまう。
シェアハウスの例は横に置いておくにしても、従来からの消費スタイル=購買による「所有」ではなく、複数で共有したり、必要な時にだけ借りる=「使用する」というスタイルが市民権を得てきている。
その消費行動の中心は、若者だ。
家や、服や、クルマ、そういった身の回りのモノを増やすことを避け、シンプルに、身軽に生きることが「カッコイイ」という価値観。
それは「若者の○○離れ」や「嫌消費」といった言葉とセットで語られることが多いが、ともかくモノを所有せずに、必要な時にだけ「使用する」という消費スタイルそのものを、彼らが違和感なく受け入れていることは間違いなさそうだ。
強奪された「本棚」
しかし「使用」とはあくまで一時的な「賃借」に過ぎない。 対価を支払うことで、一時的に「使わせてもらっている(=利用ライセンスの提供を受けている)」だけだ。
そのコンテンツを所有している誰かがあなたにはもう「使用させない」と決めたら、一切使えなくなってしまう。
考えてみれば、あたりまえの事だ。
この「使用」と「所有」の違いを浮き彫りにするような事件がネットで話題となった。
NBCニュースの記事によれば、リン・ナイガルド氏はある日突然自身のAmazonアカウントを停止され、購入していた43冊のKindle版電子書籍に一切アクセス出来なくなってしまったという。
彼女が購入し、「所有している」と思っていた電子書籍は、本当の所有者であったAmazonによって一夜のうちに使用権を剥奪され、本棚ごと「強奪」されてしまったのだ。
本当に大切なモノとの向き合い方
お気に入りの音楽、思い出の映画、人生を変えてくれた大事な一冊。。。
誰しもが持つこういった大切なものはいま、自宅の金庫でも書斎の本棚でもなく、行ったこともない海外の、窓のない無機質なデータセンターで、サーバーの中に保管されている。
そしてそれらの「大切なもの」を、あなたは本当の意味で「所有」さえしていない。。
こう言うとノスタルジーに過ぎると思われるかもしれない。
しかし、少なからず自身の人生に影響を与え、その希有な出会いに感謝出来るような本一冊、CD一枚、というものがある。
筆者の本棚には、高校時代に経営学へ興味を持つキッカケとなったエリヤフ・ゴールドラット博士の「ザ・ゴール」と、バーテンダーとしての下積み時代に幾度となく読み返し、手垢(とジンとバーボン)の染みついた「バーテンダーズマニュアル」が仲良く並んでいる。
もはや頁を繰ることはほとんどないが、筆者がこの二冊を手放すことはないだろう。 AmazonがこれらのKindle版を無料で提供してくれる、と言ったとしても、だ。
大量生産のありふれた製品でも、人の思い出がそれを唯一無二の「大切なモノ」に変えていく。
「所有」はその第一歩ではないだろうか?
あらゆるデータを安全に保管してくれるクラウドは、もはや生活に欠かせないツールだ。
だが、使い込むことでつく汚れや手垢、そういったモノに宿る思い出は保管してくれないし、ましてやそれは「シェア」できる類いのものでもない。
モノとは思い出の外部記憶装置のようなものだ。
他の誰でもない、あなた自身の思い出の宿った「本当に大切なモノ」との向き合い方。
一度考えてみてほしい。
そんなことを思ってしまうのは、自分が「クールでシンプルで洗練された」デジタルネイティブ世代ではない、懐古主義の三十代だからかもしれないけれど。
<参考> It’s Almost Time To Throw Out Your Books You don’t own your Kindle books, Amazon reminds customer
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