1997年、カリフォルニア州クパチーノ。アップルの共同創業者であるスティーブ・ジョブズが、社員たちの前でスピーチを行いました。これは、ジョブズがアップルに復帰した直後の “Think Different” キャンペーン立ち上げ時のものです。このスピーチは、ブランディングの本質を見事に捉えており、今なお多くの示唆に富んでいます。
当時、アップルは低迷期にあり、ブランドイメージも大きく損なわれていました。創業者のジョブズが追放され、製品のイノベーションは停滞し、マーケットシェアも低下の一途を辿っていました。そんな中、再びアップルの舵取りを任されたジョブズは、“Think Different” キャンペーンを立ち上げ、アップルの価値観とブランドの本質を世界に訴求しようとしました。
このキャンペーンは、当時のテクノロジー企業のマーケティングとは一線を画すものでした。製品の機能や性能をひたすら訴求するのではなく、アップルが大切にしている価値観に焦点を当てたのです。それは、「情熱を持った個人が世界を変えられる」という信念であり、「Think Different(違った考え方をする)」というメッセージに集約されました。
ジョブズは、スピーチの冒頭で次のように語ります。「私にとって、マーケティングとは価値観のことです。これは非常に複雑で、喧騒に満ちた世界です。そして、私たちが人々に私たちのことを覚えてもらうチャンスはほとんどありません」。つまり、ブランディングとは、企業の価値観を明確に伝えることだと彼は言うのです。
続けて、ジョブズはアップルのブランドについて言及します。「アップルは世界で最も優れたブランドの一つです。ナイキ、ディズニー、コカ・コーラ、ソニーと肩を並べる、最高中の最高のブランドです。しかし、たとえ偉大なブランドでも、投資と関心を持続しなければ、その relevance(関連性)と vitality(活力)を失ってしまいます」。
そして、ブランディングの具体例として、ナイキを取り上げます。「ナイキは商品を販売しています。彼らは靴を販売しているのです。しかし、ナイキと聞いて、単なる靴のメーカーを想像する人はいません。彼らの広告では、製品について一切語られません。ナイキは何をしているのでしょうか?彼らは、偉大なアスリートを称え、偉大なスポーツを称えているのです」。
最後に、ジョブズはアップルの中核的な価値観を次のように述べました。「アップルの中核的な価値観は、情熱を持った人々が世界をより良い方向に変えられるということを信じることです」。そして、アップルがこれまでそのような情熱を持った人々と働く機会に恵まれてきたと語ります。
動画はこちらをご覧ください。参考になります。
"Think Different"キャンペーンは、まさにアップルのブランドの本質と価値観を体現するものでした。このキャンペーンでは、アルバート・アインシュタイン、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、パブロ・ピカソなど、規則にとらわれず、物事を differently に考え、世界を前進させた偉人たちが登場します。
「Here’s to the crazy ones(狂人たちに捧ぐ)」で始まるナレーションは、以下のように続きます。「彼らは、物事を違った角度から見ます。彼らはルールが好きではありません。そして、現状を敬うことはありません。あなたは彼らを引用し、彼らに反対し、彼らを称賛したり、中傷したりできます。しかし、唯一できないことは、彼らを無視することです。なぜなら、彼らは物事を変えるからです。彼らは人類を前進させるのです」。
このキャンペーンは、単にアップルの製品を宣伝するためのものではありませんでした。それは、アップルのブランドの核心、つまり「Think Different」という価値観を世界に伝えるためのものだったのです。アップルは、単なるコンピュータメーカーではなく、世界を変える狂人たちのためのツールを作る会社なのだと。
実際のCM動画はこちらジョブズの “Think Different” スピーチは、ブランディングについての重要な洞察に満ちています。
ジョブズのスピーチは、ブランディングが単なる広告やマーケティングの技術ではなく、企業の価値観や存在意義を伝える戦略的な取り組みであることを雄弁に物語っています。彼の言葉は、時代を超えて色褪せることのない、ブランディングの真髄を伝える力強いメッセージなのです。
私たちは、ジョブズのスピーチから、ブランディングの本質とその重要性について多くを学ぶことができます。自社のブランドの核心と向き合い、それを世界に伝えていく。その営みこそが、強力なブランドを築き、企業に長期的な成功をもたらすのです。
ジョブズの “Think Different” スピーチは、私たちにブランディングの真の意味を問いかけ、そのあるべき姿を示してくれます。彼の言葉を胸に、私たち一人ひとりが自社のブランドと向き合い、その価値観を世界に発信していく。それが、ブランディング成功への道筋なのかもしれません。
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